第4章 環境の話 第2節 社会環境3項・自然を感じられない環境による影響
四季を感じられない人工的な環境下での生活
自然環境についても、高齢者の方のこれまでの環境では、自然が豊かで山や川が身近にあって、昆虫や魚やいろいろな生き物と触れ合うことが出来た環境は大変減りました。河で魚釣り、蝶々を追いかけて遊ぼうにもその環境はありません。歌に歌われた環境や自然、情緒が消えたため、回想しようにも出来ず、建物の部屋に閉じこもって、電話映像を見て過ごす世界で、高齢者や認知症の方は、増々孤立や孤独を強め、諦めの気持ちで認知症への刺激の少ない環境で過ごすことになります。
以前は自由気ままに動き回った身近な自然の多い環境が無くなり、映像文化に取り囲まれた人工的環境に生活すると、認知や想像の力も委縮して、能動的な楽しさや感動を味わう事の出来なくなった悲しさ、淋しさが、消極的受け身的な日常生活から高齢者を認知症へと追いやって行きます。
昨今言われています、地球温暖化も住環境や農作環境に重大な変化をもたらし、冷暖房をしっかり行うため、気密性の高い住居へと変化し、四季を感じさせる空気、風、雨、湿気、暑さ等々は、生活する住居からいつの間にかほとんど消え去り、四季の感覚が画像映像の情報からだけという視聴覚世界に変わりました。実態感覚・体験が出来なくなって季節を錯覚することも多く出てきます。これまでに体験したことのない気温や降雨や風と、カレンダーの日時や歳時記とが解離し、見当識のずれが始まっています。診察室が温かく、10月に診察室で「今の季節は?」という見当識の質問に対して、外出の少ない高齢者の方は日頃カレンダーを見ていた月日と違う身体感覚で、まごついて「夏やと思います」と自信なさげに言われますと、アレアレと思ってしまうこともよくあります。
誤解から「認知症」と疑われる事も
更に、日々食事で頂く野菜や果物が温室栽培で、季節を外れたものであれば、冬でもこの頃は、よくイチゴを頂くし初夏ではなかろうかと勘違いされることも多く、さらに室内温度から部屋で着られる衣類も季節外れになってしまいます。そうしたちょっとした言動の異常性から、家族から認知症が始まったと誤解され、まともに取り合ってもらえなくなる。そうした事例に出会うこともあります。勘違いや誤解から生じた、思わぬ「認知症」の世界へと誘導され、子供や孫が、そういう目で見て他の人々に「きっと認知症が始まったのよ」と広まってしまいます。これを間違いと証明するのは、高齢者では自然な記憶の低下や、衣服の汚し、手順や進め方のズレが全て「認知症」に結び付けられて「健常」のレッテルを取り戻せなくなります。そうして、知らず知らずに認知症へと誘導されて、その世界に閉じ込められていく場合も出てくるのです。認知症と健常の境界は、グレイゾーンなのですが、きっぱりと僅かな言動の誤解から「あんた、認知症やで」と決めつけられ、私は認知症でしょうか?と受診される方々も少なくはありません。
天候や住環境の変化は、仮想空間を作っているように感じます。高齢者の方々もそうしたことがあったためか、着るモノや話すことがズレていたり、話題の季節感が違うこともあります。若い人でも映像の世界でバーチャルな世界を見せられて、認知の間違いを犯すことも不思議ではないほど、現実性を帯びた世界が増え始めて、騙されることなどよくあります。工学系ではこうした生体の情報処理に対する研究が進んでいます。
占部 新治(うらべ しんじ)
- 経歴
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- 1976年
- 北海道大学 医学部 医学科卒業
- 1980年
- 北海道大学 大学院 医学研究科生理系修了 医学博士
- 1980年
- 北海道大学 大学院 医学研究科生理系修了 医学博士
- 1981年
- 北海道大学 医療技術短期大学部 理学療法学科 助教授
(現:北海道大学 医学部 保健学科)
- 1995年
- 札幌医科大学 精神医学講座 講師 外来医長
- 1999年
- 札幌医科大学 保健医療学部 作業療法学科 教授
- 2001年
- 札幌医科大学 大学院 保健医療科学研究院 教授
- 2007年
- 北海道大学 大学院 保健科学研究院 教授
- 2011年
- 京都 三幸会 北山病院 副院長
- 2013年
- 京都 三幸会 第二北山病院 副院長 現在に至る
- 専攻領域
- 精神医学、 神経科学、 リハビリテーション医学
- 主な著訳書
- 日経サイエンス「 運動の脳内機構」 E.V.Everts著
- 主な著書
- 臨床精神医学講座 S9 アルツハイマー病(中山書店)、精神医学 標準理学療法学・作業療法学 専門基礎分野(医学書院)、「学生のための精神医学」(医歯薬出版)
- 所属学会
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- 精神神経学会 専門医、専門指導医
- 老年精神医学会専門医、専門指導医
- 認知症学会専門医、指導医
- リハビリテーション医学会 臨床認定医
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